人は顔ではないと言われるが、 顔がよくないと異性と恋愛結婚をすることはできない。 「デートをしてまた会いたいと思える人はどんな人ですか?」 この質問を中学生にすると 「綺麗な人。かっこいい人」と返ってくる。
この質問を大人にすると 「誠実な人。心が温かい人」などと返ってくる。


顔が良い人ほど得している気がする


なるほど子供は心が未熟なので人を表面的な美しさでしか判断できないんだろうな。
大人になると心が成熟し、いろいろな価値観で相手を判断するようになるんだろう。

しかし現実は、

顔がよい人ほどデートに誘われる。
顔がよい人ほどデートを断られない。

私にしても、あれこれ思い起こしてみて、
またデートしたいと思える相手とデートしたいとは思えない相手の違いを考えてみたところ
いつまでも見ていたいような美人とは、2回でも3回でも会いたいと思え
しなびたへちまのような顔をしたブスとは、会うのが苦痛だと感じてしまう。

恋愛結婚ができるタイムリミット

女は25歳。男は30歳を超えたら恋愛結婚は難しい。

仕事としてデートし、望まぬ相手であっても婚姻届に印を押さなければいけない。
ブスであっても顔以外の利点を考え、
デートをするモチベーションを高めなければならないのだが、
ブスとのデートは、つまらない仕事に行く日の朝のようなもの。

デートの日の朝、相手のブサイクな顔を思い浮かべると精気を奪われてしまい、
布団から出たくなくなり、10分、20分、30分とデートに遅刻してしまう。

一方、相手が美人だと、前日はわくわくして夜も寝られないのに、

当日は早朝から目がさえ、家にいてもそわそわしてしまい、待ち合わせ時間の10分、20分、30分前に待ち合わせ場所に行ってしまう。

2人の間にどんな違いがあるのだろうか?

2人に紙袋をかぶせ顔が分からない状態にすれば、何も変わらないだろう。

それが一旦、その顔を見た途端、あたかも魔法にかけられたかのように

「理性ではなくハート(心臓)が反応してしまう」

美人を見ると心臓はドキドキ鼓動を打ち、アドレナリンをどくどく送りだす。

ブスを見ると心臓は石のように冷え固まり、なんらホルモンが送られてこない。

それはあなたの心映えの問題だ。あなたの心がすさんでいるからそう感じるのだ。

良識のある大人は、みんな「顔じゃない。心だ」と言っている。

確かに多くの人が口ではそう言っている。

でも、現実を見れば、

誰もが、「人は顔じゃない」と言っている人ですら、

顔で会いたい人と会いたくない人を分けている。

今がとりわけ恋愛結婚が難しい世の中ではない。昔から恋愛結婚は難しかった。

昔の人はほとんど結婚しているが、恋愛で結婚した人の人数は今とさほど変わらない。

大部分は、好きで交際した相手ではなくお見合いで紹介された相手と結婚している。

今は「おせっかいな大人が半ば強制的に結婚させるお見合い結婚はいけない」とされ、

すべてが自由恋愛に任せられた。

そのため恋愛結婚できる人しか結婚できない世の中になってしまった。

ちまたにはモテ技術とかモテグッツとか、いろいろなモテるための手法が紹介され、

みな必死でがんばっているが・・・。

結局は顔なのである。

顔がいいか悪いかですべてが決まる。

それが自由恋愛。

昔のような家と家とのお見合い結婚を復活させなければ、顔がよくない人は結婚できない。

自由と感情を犠牲にしなければ幸福は得られない。

こんなことは分かり切ったことなのだが、誰もが自分のわがままを手放したくないがため、この問題から目をそらしている。

人が「人は顔じゃない」とか、自分がやっていることとは違うことを言うのも、結局、自分のわがままを否定されたくないがため。

だから少子化で国が滅びようとしているのだ。

差別や偏見とされ、口に出して言うことを禁じられている人間の本音を公にし、それに対する対策を考えることが最高の少子化対策だが、言葉狩りをすれば理想的な社会が来ると考える人たちによってその活動は禁じられている。